ヴァンパイヤ・ナイト2

ヤマトは暫く、うずくまっていたが、顔を俯けながら、立ち上がった。

「ヤマト!だいじょぶか?どうしたんだよ、いったい?」

太一はヤマトの両肩に手を置き、揺すりながら、尋ねるが、ヤマトからの返事は無い、ヤマトはゆっくりと、ゆら〜りと顔を上げる。

「!!!!!」

 

そこいたのは、先程までヤマトだった者で、今、太一の目の前にいるのは、太一の知っているヤマトではなかった。白目が赤く染まり、爪が獣の様に伸び、ふしゅ〜、と獣の様な息遣いになっている。そして、呼吸の際に除いた。口元からは、犬歯が伸び、牙が生えていた。

太一の人間としての本能が、即座にヤマトの両肩に掛けた手を引かせた。

 

「ふはあぁぁぁ」

ヤマトは太一を見ると、まるで腹を空かした獣の様に、大きく息を吐くと、前屈みの姿勢で、近付いてきた。

太一も、後に下がるが、本能も恐怖により、支配され、背を向けて、走り出す事が出来なかった。

ヤマトだった獣が、一歩詰め寄ると、太一も一歩しか下がれなかった。

太一の動物としての、本能は完全に、恐怖に支配されていた。

 

太一は背中に、何かがぶつかり、震えながらも、後ろを見ると、

そこは、無情にも高い高い校舎が壁として、立ちはだかっていた。

壊れた人形のごとく、震えながら、首をヤマトの方に向けると、

「ふしゅ〜」

ヤマトは、口を禍々しく歪め、息を吐くと、美味しそうな、食べ物を、これから食せんとする。悪魔のごとき、笑みを浮かべた。

太一は、両手を広げて、信じられない力で、校舎に押さえつけられた。

十字架に貼り付けられた、イエスの様に

ヤマトの牙が、太一の首筋に迫った。

 

「いっ!いやだ!・・・やめろ・・・ヤマトーー!」

太一は恐怖に支配されながらも、ヤマトの名を叫んだ。

「うっ」

その瞬間、ヤマトだった。獣の動きが止まった。

「うあああああああああ」

ヤマトだった。獣は、頭を抱え、その場に、崩れ落ち、少しして、顔を上げ、目の前の太一を、見上げた。

「た・・いち・・」

そこにいたのは、太一の知っている。ヤマトだった。

眼は元の蒼い眼に戻り、爪も普通の人間と同じ物で、口元にも、さっきまで、生えていた牙は見受けられなかった。

「太一・・・あの・・その・・」

「ひっい!」

ヤマトは、何か言おうとするが、太一の、ヤマトを見る目には、恐怖しか浮かんでいなかった。

「太一!ごめん、本っ当にごめん!」

ヤマトはそう言うと、踵を返し、走り出した。

 

「はあぁ〜」

ヤマトは帰ってきてから、何度目になるか、分からない、溜め息をついた。

これで、明日から、みんなの、自分を見る目が変わり、少しして、みんなの自分に対しての、態度が変な事に、気付いた教師の口から、親の耳に入り、また、転校だ。

ヤマトの父親は、何も言わず、

ただ、「お前が悪い訳じゃない、仕方のない事だ」そう言って、転校先を用意してくれる。

「はあぁ〜」

ヤマトは、そんな親の、苦労を知っている為、また、親に迷惑を掛けている。自分、そんな思いが、どうしても、頭から離れず、また溜め息が出た。

 

考えても、しょうがない、そう思い、ヤマトは寝に着こうとしたが、

コンコン

部屋の扉を叩く、ノックの音がしたので、音のする方に、眼を向けると

「お兄ちゃん、入っていい?」

弟のタケルの声が、ドア越しに聞こえた。

「ああ、いいぞ」

ドアを開けて、タケルが入ってくる。

「どうした?タケル、何かあったのか?」

「お兄ちゃんが、持ってた。あの本、ちょっと、見せてほしいんだけど、どこにあるの?」

「あっ!」

ヤマトは今になって思い出した。言われてみれば、あの本は、どこに行ったのか?鞄の中にある事を願い、鞄を開けて、中をあさるが、中には、本は無かった。

 

「お兄ちゃん、もしかして・・無くしたの?」

「あっ、ああ・・まさか!!」

ヤマトの頭の中に、今日の事が鮮明に甦る。今日、自分が、太一に対してした事が、おそらく、あの時、本を落としたのだ、と悟り、ヤマトの顔が青ざめる。そんなヤマトの、異変を察したタケル

「何かあったの?」「いっ、いや、べっ、別に」

明らかに、シドロモドロして、動揺しているヤマト

「お兄ちゃん、何があったの?話してよ」

弟のタケルに見つめられ、目を泳がせるヤマト、少しして、肩を落としながら、溜め息を着くと

「実は・・・」

ヤマトは、今日、何があったかをタケルに話した。

 

「へえ〜、奇遇だね、実は、僕も今、無性に、ある人の血が吸いたいんだ。お兄ちゃんが、経験したような、理性が、どこかに飛んで行っちゃいそうに、なった事もあるよ、だから、あの本になら、何か書いてあると思ったから、借りようと思ったんだけど、そうか、無くしちゃったんだ・・・う〜ん、困ったな」

「探しに行って来る」「えっ!」

ヤマトは立ち上がり、そう言うと、部屋から出て行き、玄関で靴を履く

 

「待って、お兄ちゃん、僕も行くよ、」

「タケル、お前は家にいろ」

ヤマトは、自分の後を、着いてこようとする。弟の肩に手を置いて、タケルを家に置いていこうと諭すが、

「だいじょうぶだよ、お兄ちゃん、今日は、お父さんは、局に泊まりだし、母さんも、夜中にならないと、帰ってこないし、それに、探し物は、人手が多いに、越した事は無いでしょ、さあ、行こう、お兄ちゃん」

タケルは、ヤマトの手の上に、自分の手を置くと、ゆっくりと兄の手を剥がし、

玄関で靴を履く為に、しゃがみこみ、ヤマトを見上げながら言う、

「しゃうがないな、行くぞ、タケル」

「うん」

ヤマトとタケルは、家を出た。

 

ヤマトとタケルは、この時間帯なら、夜の闇が自分達の姿を隠し、誰も見ていないと思い、たとえ、見られても、自分達の姿を、夜空の下では、確認は出来ないので、ヴァンパイヤとしての、能力をフルに解放した。

ヤマトとタケルは、建物の屋根の上を、高速移動で疾走し、屋根から屋根へは、驚異的な跳躍力を持って、飛び移り、疾走する影となって、学校までの、距離を一分掛からずに、走破した。

 

「普段、遅刻するのを、気にして、家を出るのが、馬鹿みたいだよね」

タケルが学校に着くなり、軽口を言う、

「下らない事言ってないで、探すぞ」

ヤマトとタケルは、今日、ヤマトが、太一に襲い掛かった場所、裏庭を探すが、本は見つからなかった。ヤマトとタケルはヴァンパイヤの血を色濃く告いでいる為、人間より、遥かに夜目が利くのだが、そのヤマトとタケルの眼を持ってしても、本は見つからなかった。

 

「しょうがないよ、きっと、誰かが、拾って、もって帰ちゃったんだよ、でも、だいじょうぶだよ、あの本を、読んでも、本に書いてある事なんか、信じないと思うし、信じたとしても、どうせ、御伽話としか思わないよ、だから、だいじょうぶだよ、また、お祖父ちゃんに、原本のコピー、送ってもらおうよ、ねっ、これだけ探しても無い、って事は、きっと、誰かが拾っちゃったんだよ、しょうがないよ、ねっ、帰ろうよ、」

「・・・・・」

タケルは振り返りながら、ヤマトを見ると、ヤマトは呆然として、視線は、斜め下に落ちているが、何も見ていないような、完全に自分の世界に、入り込んでしまっている。

 

「ちゃん・・・お兄ちゃん?」

「えっ!?あっ!タケルか、悪い、どうした?」

ヤマトは、タケルの、何度目かの呼びかけに、ようやく、返事をする

「いや、さっきから、何度も、声掛けてんだけど、返事が無くて」

「悪い、考え事してた。じゃあ、帰るか?」

「そうだね、帰ろう」

ヤマトとタケルは、また、ヴァンパイヤとしての能力をフルに使い、帰りも、一分と掛からずに家に着いた。

 

「お兄ちゃん、あんまり、気にしちゃだめだよ、じゃあ、お休み」

「ああ、お休み」

ヤマトは、自分の部屋に戻り、眠ろうとするが、今日の、太一との一件も有り、やはり、思考がマイナスに行ってしまう、そんな思いを振り切るかのように、ヤマトは、無理やり、眠りに着いた。