剣舞協奏曲・4
遼とキルツ、白い紙のような物が床に到達すると同時に床を蹴り、キルツ目掛け、疾走し始めるのかと思われたが、遼はこんな時にも関らず、物思いに耽っていた。その為、一瞬、ほんの僅か一瞬だが、疾走し始めるタイミングがキルツに遅れてしまった。ほんの僅か一瞬だが、キルツの剣技と自分との技量の差を考えれば、その僅か一瞬の遅れが致命的なのは明らかだった。だが、遼は諦め無かった。真っ直ぐにキルツを見つめると、遼の操る巨大な剣が輝き、疾駆する遼が銀色の疾走する影となり、キルツ目掛け疾駆する。一方のキルツは、二本の剣を操るが、身に纏う服が黒で統一されている為、黒い疾走する影となる。
銀色の影と黒い影の距離が一瞬で0になり、衝突した。
次の瞬間、遼の剣がキルツの胸骨を貫き、疾走の勢いをそのままにキルツを壁に縫い付けていた。明らかに自分の方が遅れてスタートし、剣技に置いてキルツに及ばない遼、にも関らず、この一撃の勝負、勝ったのは遼だった。
「ど、どうして?・・・なぜだ?なぜ、剣を止めたぁ!?」
普段余り感情を高ぶらせる事を余りしない遼が、壁に縫いとめられているキルツに怒りに似た激しい感情に駆られて問い掛ける。
あの瞬間、遼の首に二本の剣が左右から迫り、遼の首を両断するかのように思えた、遼の剣がキルツの胸を貫くよりも、明らかにキルツの剣の方が早く、遼の首と胴を切り離すのが早いように思えた。だが、遼の首に迫った剣は途中で止まり、キルツは避わす事が可能だったにも関らず、遼の剣を避わさず、遼の剣で体が貫かれるのに身を任せた。
「くふっ・・こほっ、こほっ」
咳き込んだキルツの口の端から血を一筋垂らすと、遼を見て微笑を浮かべた。
「何が可笑しい?」
キルツの微笑に遼は不思議と激しい感情が静まるのを感じた。
「ふっ、これでようやく終わる」
「終わる?何がだ?」
キルツの顔は、何かに満足している様な、笑みだった。
「昔、本当に昔だ。もう何百年も・・・・まだ、私が人間だった頃の事だ。」
「???」
突如キルツは、誰に語るでも無しに虚空を見つめる生命力の薄れた瞳で語り出した。遼に語りかけているのか、誰に語りかけているのかさえ、もう分らなかった。遼の剣により胸骨を貫かれ、壁に縫い付けられている。いかにキルツがヴァンパイヤとは言え、この状態ではキルツの命は、もう蝋燭の最後の一燃えに過ぎない物だった。
「私は一人の騎士として王に仕えた。国の為、王の為、より強くなろうと、ただひたすら考えた。そして、剣の修行に励む為、諸国を旅していたある日、ヴァンパイヤに出会った。そいつは人々に恐れられる存在だったので、私は奴に戦いを挑んだ。なんとか死闘の果てにヴァンパイヤを倒す事は出来た。・・・・・だが、その時、そいつに噛み付かれた事により、私もヴァンパイヤとかしてしまった。だが、私はそれでも良かった。強くなろうとする私にとって、それは都合の良い物だった。国の為、王の為、私はヴァンパイヤである事を隠しながら、戦いに興じた。私は、戦って戦って戦いを繰り返した。だが、ふと気付くと、私の周りに残った物は何も無かった。」
その言葉を口にした後、キルツの左目から涙が一筋流れていた。
「王も死に、旧知の仲の親友も皆死んだ。だが、私は老いる事無く生きている。・・・・・・私は言い様の無い孤独と寂しさに打ちひしがれた。そんな時、私が倒したヴァンパイヤの言葉が頭に響いた。[人を殺すのに理由は無い、人間は俺達ヴァンパイヤの飯だから食う、それだけだ]その時から私は殺戮に走った。国も無く、主も無くなった私には、何も考えず殺戮に興じて、いつしか人間の血を見るのに理由も何も無くなっていた。ただ、考える事なく殺す、そんな日々が何年、何十年、何百年と続いていた。そしていつしか記憶の片隅に行っていた。私が騎士として仕えていたこの国に戻ってきていた。そして、私は恋をしてしまった。殺そうとした人間の女に恋をしてしまった。殺戮に走って殺伐としていた私の心に、再び人としての温もりを与えてくれる女(ひと)に出会ってしまった。」
言い終わると、今度はキルツの両目から、涙が一筋ずつ流れ落ちていた。
「なんだって!?」
遼が仰天の声を上げると、屋敷の二階の開いている窓から、流れてきた風に揺られ、遼の足元に、先程キルツが合図で使った白い紙が舞って来た。そしてその白い紙と思われた物が、風に揺られて裏返り、裏面を遼に晒すと遼は目を大きく見開く、白い紙と思っていたのは写真の裏面だった。遼は床に膝をつけ写真を手に取った。
「こ、これは!!」
写真を拾い上げ、恐る恐るキルツを見るが、キルツからの反応は無く、遼が慌てて顔の前に耳を近づけると、口からも鼻からも呼吸音は聞こえなかった。
キルツは、虚空を見つめたまま、息を引き取っていた。その写真には、キルツと一人の綺麗な女性、そして、その女性とキルツの間には、二人の子供と思える赤ちゃんが、女性に抱っこされ三人で笑顔を浮かべ写っていた。
二日後
キルツの死は、ヴァンパイヤハンターギルドが権力を使い、警察等に圧力を掛け、事故死として片付けた。だが、遼は、写真の女性、赤ちゃんの事が気になり個人的にキルツの人間関係を調べ、キルツの家までも着き止めた。調べていく内にキルツを知る人物から聞いた話では、キルツは人当たりも良く、仕事場でも良く働き、家庭思いで、誠実を絵に描いた人物だったらしい、遼はとにかく、あの写真の女性、赤ちゃんに会おうと思い、家まで行ってみると、家から棺が運び出される所だった。
その日は、どうやら、キルツの葬式だった。
棺が家から墓地まで車に乗せ運ばれる。その後を着け、墓地まで行くと、キルツの友人と思われる人物がキルツの埋葬されている棺を囲み、皆が沈痛な顔をしていたり、涙を流している者までいた。
その中で遼が写真で見た人物を探すと、すぐに見つかった。そして、その女性は気丈にも涙をぐっと堪えていたが、はたから見ても悲しみをグッと押さえ込んでいるのが窺えた。その女性の外見から察するに写真を撮った時から2、3年の時が経っているのが窺えた。それとあの写真の赤ちゃんはどこに、と思い探そうと思ったら、
「ねえ、お母さん、お父さんは、どうして埋められちゃうの?」
その女性の子供と思われる3、4歳位の女の子が母親の喪服を引っ張りながら言った一言により、女性は女の子を抱き締めると、声を殺して泣いているのが目に入った。これから死を理解する歳になった時、悲しい思いをするのだろうと考えずにはいられなかった。そしてその悲しみは誰のせいだろと考えると、遼はその場にいられなくなり、その場から逃げるように駆け出した。
いつの間にか、外は土砂降りの雨が降っており、遼がホテルに戻った時には、服も髪もビショビショに濡れていた。
それから、遼はウォレスが何を話しかけても、曖昧な空返事しか返す事が出来ず、一人一日中無気力に壁に寄り掛かりながら、部屋の中で虚空を見つめて過す日々が続いた。そして、ある日、遼はあてどなく街を歩き回っていると、ふと自分がつけられている事に気が着いた。つけてる相手はヴァンパイヤか、それ以外に心当たりは無いなと思い考えを巡らせ、瞬時に戦闘できる場所に相手を誘い込み、相手が何者か確かめようと思い、ビルとビルの間にある人気の無い細い路地に入る。
遼をつけていた相手も、遼が入った細い路地に入る。だが、そこに遼の姿は無い、それでも遼をつけていた者は驚いた様子も無く、黙って路地を中ほどまで進んでみると、背後に遼が降り立った。遼は路地に入り相手の視界から一瞬外れた瞬間、出来るだけ素早く跳躍し、二階の窓枠に捕まり、相手が来るのを待っていた。そしてそこに相手が現れたので、出来るだけ音を殺して相手の背後に降り立つと、護身用の銀のナイフを素早く抜き放ち、逆手に握ったナイフを相手の首筋に後ろから突きつける。
「何者だ?どうして、俺をつける?」
油断無く遼は相手に鋭い声で質問を投げかける。
「ほっほっ、衰えた物よの、ワシも、もう現役を退いて何十年も経つしのぉ〜」
遼の言葉に対し、相手は両手を上げ戦う意思が無いという態度を取る。笑いながら口を開く、どうやらかなり年齢の行った人物のようだった。
「質問に答えてもらおうか?もう一度聞くぜ、何者だ?どうして俺をつける?見た所、あんた随分歳食ってるようだけど、場合によっちゃ容赦しねえぜ」
「まあ、そう年寄りを邪険に扱い成さんな、ソードマスターとも言われる者の名が泣くぞぃ」
遼は眉をひそめる、自分の通り名を知っているという事は、少なくともこの老人はヴァンパイヤハンターギルドに属する仕事をしている人物に違いは無い、という事は、どうして自分が尾行されなくてはならないのだ?
「お主は今迷うておるな」
遼が考えに浸り油断していたのもあったが、遼の心の乱れを感じ取ったのか、その老人は遼に背を向けていたのを、一瞬の隙を突いて、遼の方に振り返り、遼の目を見据える。そして老人の発した一言に、遼の迷いは表情となり現れた。
「ふぉっふぉっふぉっ」
老人は温厚そうな顔立ちをした、西洋の老紳士を思わせる顔立ちをしているが、皺の深い目蓋と長い眉毛に覆われた瞳は、時折鋭い眼光を除かせ、その眼光は遼を一瞬たじろかせるだけの迫力があった。
「今まで自分が迷う事無く、悪と考え、信じてきた者達が、実はそうではなかったのでは?そう考え迷うておるな」
遼の心の迷いの核心を言葉にされ、遼は大きく目を見開く
「もし、その迷いに答えがあるとするならば、それは人の考えの数だけ存在する。だが、もし、その事でお主と同じように悩んだ者がいて、その者達が出した答えを知りたいと思うのなら、ついて来なされ」
そう言って再び遼に背を向けると、老人は杖をついて歩き出す。
「秋山遼よ・・お主に尋ねる」
「なんだよ、いきなり、こんな場所につれて来て、質問はこっちがしたいくらいだぜ、俺に答えを教えてくれるんじゃなかったのか?」
遼は連れてこられた場所に問題が大有りな為、イライラしながら、老人に言葉を返すが
「ヴァンパイヤと人間は共存できると思うか?今の世の中、人間の血など飲まなくても、血液銀行等の協力で血液製剤が出来ているこの世の中で、ヴァンパイヤと人間の共存は出来ると思うか?」
老人は遼の言葉が聞こえてないのか、遼の言葉に対して答えは返さず、ただ、鋭い眼光と共に、その言葉を真っ直ぐ遼にぶつけてきた。
老人に案内されたのは、皮肉にも、先日キルツをハントした場所、あの古い洋館だった。老人は広間の中央に立ち、玄関の扉を背にする遼の目を見据えると、逃れる事の出来ない鋭い眼光で遼に訪ねる。
「以前のヴァンパイヤに対し憎しみしか持たなかったお主ではなく、今のお主ならば、おのずとこの答えが見つかる筈じゃ」
「答えは、断じて否だ!!人間にも最低なクズも入れば、聖者様って呼ばれる奴もいるからな!だから、ヴァンパイヤにも色々いる筈だ!!これで文句あっか?これが俺の出した答えだ!!例え爺さん、あんたがヴァンパイヤハンターギルドのモンだろうが!これが俺の出した答えだ!変える気はねえ!!」
静かな老人の言葉に答えた遼の言葉はイライラが頂点に達し、怒りを屋敷の扉に拳に乗せて叩きつけると同時に発せられた物だった。
「ふむ、合格じゃ」
そういう老人の顔には、先程までの鋭い眼光が綺麗に消えうせ、温厚な老人としてしか写らない笑顔が浮かんでいた。
「合格?何の事だよ?」
「ごめんね、遼、試して」
一体何が合格か、いまいち事態がつかめなかった遼に、柱の陰から現れた意外な人物からの声が掛かった。
「ウォ、ウォレス!ど、どうしてここに?そ、それにこの爺さんはなんなんだよ?」
「それについては、順を追って説明するよ、そこのお爺さんの名前は、ゲンナイさん、そして、その人はヴァンパイヤと人間の共存は無理だ。という考えに否を唱える人達を集めて、ヴァンパイヤとの共存を望む会、アイゼントラートの会長さんさ、そして、僕とキルツさんは、そこの工作員なんだ」
「キルツが!!」
突然の場にそぐわない者の名前を聞き、遼は驚愕する。
「うん、ごめんね、遼」
そう言って謝るウォレスの顔は凄く苦しそうな表情を浮かべていた。
「これはキルツさんに口止めされてたんだけど・・・・キルツさん、実は忘れたフリをしてたけど、遼の事を覚えていたんだ。あの人は人間のレディを愛して結婚してから、人の事を狩らなくなって・・・凄く過去の自分がやった事を後悔していたんだ。自分はあんな事をしたのに、今こんな幸せが許されるのかって、そんな時に遼が現れて・・・・自分が裁かれる時が来たんだって・・・僕達が何を言っても、気持ちは変わらないって言うから、それで僕達に出来る事はって聞いたら・・・遼をこの場所に連れて来て欲しいって、だから、ごめんね、遼」
「お前さんが謝る事は無い」
ゲンナイが、ウォレスの言葉を喋る度に、辛さの余り歪んでいく表情を見ていられなくなったのか、言葉を引き継ぐ
「遼よ・・・ゆっくり考えるが良い、お主がヴァンパイヤハンターとしてこのまま生きるもよし、ヴァンパイヤハンターをやめて、普通の人間として暮らすもよし、答えが出たら、また、この場所に来ると良い、待っていよう」
数日後
バタン、
古い屋敷の扉が開く音がホールに木霊する。
「来たか・・・・して、尋ねる遼よ・・・ヴァンパイヤと人間は共存できるか?否か?」
「相手の事を知りもしないのに、一方的に敵と決め付けるやり方は気にいらねえ・・・これでいいか?」
遼は不適に言い放つ
「ふむ、合格じゃ、ようこそ、アイゼントラートへ、遼よ、お主の事を新たな同志として、心から歓迎するぞ」
ゲンナイは、その温厚な顔に良く似合う、優しい老人という表現が、これ以上無い程ピッタリする笑顔を浮かべる。
こうして遼は、ヴァンパイヤハンターギルドを脱会し、アイゼントラートの構成員として、ヴァンパイヤと人間の共存を掲げ戦う日々が始まった。
後書きと言う名の言い訳
終わった・・・・(シミジミ)ようやく終わりました。ヴァンパイヤハンター遼サイドのお話、剣舞協奏曲、う〜ん、なんか終わらせ方が無理やりですいません(鉄棒殴っ、ドカッ、グヘッ)とにかく、これで、次はヴァンパイヤブラッドが始まる・・・・かもしれません(プスッ、タケルに刺された音)、それでは、今日はこの辺で、失礼します。(誰か医者をよんでくれぇ〜)