剣舞協奏曲・3

「遼」

「どうした?ウォレス」

俺は、隣を走るウォレスに答える。その声の細部から、慌てている事が窺えた。

「グミモンの声が聞こえなくなった」

「なんだって!」

思わず、俺の声も大きくなる。ウォレスの様な、精霊と契約できた者は、その精霊と念で会話が出来る。・・テレパシーって言った方が早いな、とにかく、それで話す事が出来る。だが、今その声が消えたと言う事は・・・嫌な予感がする。

 

「それで、グミモンの声が最後に聞こえた場所は」

「ここから、東に4キロ位の場所だよ」

俺達は、東に向って、ビルの屋根から屋根へと、移動して、東に・・グミモンの声が聞こえなくなった場所へと急ぐ。俺達ヴァンパイヤハンターは、ヴァンパイヤの高速移動に対抗できる高速移動ができ、常人とは比べ物にならないスピードで走る事が出来る。人間の足にも関らず、時速にすれば、80キロ程で訓練次第では、もっと早く走る事が出来るようになる。

 

「それで、ここが、グミモンの声が聞こえなくなった場所ってか」

「うん、間違いないよ、ここだ」

「ふ〜ん、いかにもって感じだな」

俺達の前にある。古い洋館を見て、素直に感想を述べる。いかにも中世のヨーロッパの、地方領主が住んでいたような、作りの巨大な洋館だ。仇を前にしてるかもしれないのに、俺は不思議と落ち着いていた。

 

「ウォレス、お前はここで待ってろ」

「僕も行くよ」

俺は、屋敷の玄関に一歩足を前にだしながら、隣にいるウォレスに言うが、ついて来ようとするウォレスに向って、手を差し出し来るなと合図する。

「グミモンは、僕のパートナーだ!僕がいかなきゃ!」

「落ち着け、グミモンは、必ず助ける。だから、ここで待ってろ」

「でも・・」

 

「じゃあ仮に、俺達二人で、あの屋敷に入ったとしよう、それで、もしもの事が起こったらどうする?やべえだろ、何が仕掛けられてるか、分らねえんだぜ、二人とも無事でいられる保障は何処にもねえんだ。もしそうなった場合、誰が、グミモンを助ける。だから、お前はここで待て、いいな、俺が入って、三時間経って、俺から、なんの連絡や合図が無かったら、お前はギルドに戻って、俺は死んだと伝えろ、いいな」

俺は、二の句を告げさせないように言うと、館の玄関に向う

 

「遼」

館に向う俺の背に、ウォレスが声を掛ける。俺は立ち止まるが、振り返らない

「絶対に死なないでね」

俺は顔を少しだけ振り返えらせ、肩口に見えるように、親指を立てて答える。

ウォレスの視線を背中に感じながら、屋敷の玄関の前に立つ、この屋敷は上流階級の貴族が住んでいたのだろう、昔はさぞ豪奢だったと思うが、今は寂れて、見る影も無い、

 

扉を開け中に入ると、其処は寂れた外見とは裏腹に、隅々まで手入れが行き届いていた。光沢を放つ大理石で作られた床、それに贅沢の極めとも言えるシャンデリア、白い壁には染みが一つ無かった。思わず俺は、中の豪奢さに呆然とし、本当にタイムスリップをしたような感覚に陥り、呆然と天井のシャンデリアを見上げてたら、突然、背後の扉がバタンと閉じた。

 

その音で我に帰った俺は、すぐに体を緊張させ、右手を方に背負った剣の柄に持って行き、周囲の気配に注意を向ける。空気の振動、感覚全てをフル動因させ、周囲の気配を探る。

「私をお探しかな?」

声のした方を見ると、正面にある階段の真ん中の踊り場に、一人の男が立っていた。

 

この屋敷は入ると、中は広い一辺が20m程の大きな正方形のフロアになっており、正面に階段があり、その階段を上っていくと、ちょうど一階と二階の中間の高さの部分に、踊り場があり、そこから、階段は左右に分かれていた。そして、ヴァンパイヤと思われる男は、そこに立っていた。男は上流階級の貴族のような空気を纏っており、見た感じは二十代後半で、整った顔立ちをしているが、その正体は、ヴァンパイヤであり、歳の方は、おそらく見た目の三倍以上はあるだろう、下ろしたら耳の下までありそうな、長く綺麗な金髪をオールバックにし、黒い靴に、黒いズボン、上は仕立ての良いYシャツを着ているのが、Yシャツ上に纏っている黒い上着とマントの間から窺えた、腰に二本の西洋剣を刺していた。長さは、片手でも両手でも、扱える長さで、刃の幅は、4cm程で、長さは60cm程、長さと重さ、全てに置いて通常サイズの剣だった。

 

「探したぜ」

遼は、剣の柄をしっかりと握り直す。相手の姿を観察すると髪形や風貌に、変化が見られるが、

間違いないこいつだ。・・・・・・治を殺したヴァンパイヤは

「探した?さて、私は、君の事など、知らないのだが、ふむ、それで、私になんの用かな?」

「俺の名は、秋山遼、ヴァンパイヤハンターだ。」

遼は、肩に掛かっている剣を抜き放ち、剣を相手に向けて言い放つ

 

「ふむ、その歳でヴァンパイヤハンターとな、それで、私をハントしに来たと言う訳か」

ヴァンパイヤの男は、左手の平の上に、右肘を起き、右手の拳を顎に当て、余裕な態度を浮かべる。

「ああ、だが、お前には、ちょっと私情を挟ませてもらうぜ」

「私情?」

遼が私情と言い放った瞬間に、相手は顔に、遼を窺うような表情を浮かべる。態度こそ余裕を保っているが、僅かにヴァンパイヤの顔色が変わった。

 

「ああ、お前は俺の親友の仇だ!覚悟してもらおう」

遼は、抜いた剣を右肩に担ぎ、相手に剣を持っていない方の左手の人差し指を差しながら言う、不思議と冷静だった。あれほど探し求めていた奴が、目の前にいるにも関らず、遼の心は自身でも驚くほど冷静だった。

「仇だと・・・・・!」

ヴァンパイヤの男は、仇と口の中で、一度呟いた後、遼の顔を少しの間、凝視した後、目を大きく見開くが、その表情は一瞬で収められた。

「私が仇とな?」

「ああ」

「心当たりが無いな、私は、数多の人間を殺し、血を飲んできた。近年は、血液製剤などと言う物が、出回っているが、その様な物は、ヴァンパイヤとしての本能を失った。軟弱者が使う物、私は今でも、人間を殺し、血を飲んでいる。下等な人間など、家畜に同じよ、お前は今まで、何頭の牛や豚や鶏を食べたか、覚えているか?」

「へっ、そうかよ、じゃあ、これから、その家畜に殺される気分はどうだ?」

 

ヴァンパイヤの余裕な物言いに、怒る事無く、遼は冷静に言葉を返す。だが、その心の奥では、静かに怒りの炎が、業火となって燃え上がっていた。

「フン家畜が」

心無い貴族が平民を見下すような冷徹な物言いで、遼に向って言うと、相手は腰に差している二本の剣を、ゆっくりと抜き放った。

「来るが良い、身の程を弁えぬ、人間ごとき家畜が、至高の種族であるヴァンパイヤに逆らったら、どうなるか教えてやろう、お前の命と引き換えになぁ!!」

ヴァンパイヤの男は、そう言うと、遼の眼前から消え失せていた。

 

ヴァンパイヤは、立っていた階段の踊り場から、遼のいる玄関の扉の前までを、助走も無しに10m以上の距離をジャンプし、両との間合いを一気に0にする。ヴァンパイヤは抜き放った二本の剣を、遼の左右の肩に振り下ろす。

「くっ」

遼は、抜き放った剣を両手でしっかり握り、相手の二本の剣を受け止めたが、落下の速度と、ヴァンパイヤの膂力が加わった。攻撃を受け止めた事により、遼の肩の筋肉は悲鳴をあげる。なんとか相手の剣撃は防げたが、相手の剣撃が繰り出す衝撃を、まともに受けてしまい、遼は思わず歯を噛み締める。

 

「ほう、この一撃を防ぐとは、人間にしてはやるな、それにしても・・・」

相手は、余程、この一撃に自身を持っていたらしく、それを受け止めた遼に賛辞を送り、並みの剣ならば、間違いなく折れていた筈の一撃を、受け止めた遼の剣に目をやり、

「なるほど、この剣を包む光りか」

遼の剣が光りに包まれているのを見て納得し、ヴァンパイヤは二本の剣を交差させ、遼と剣を通しての押し合いをするが、遼の能力のお陰で、剣の硬度は明らかに、遼の方が優れているのを見て取ると、自身の剣を痛めない為に、ヴァンパイヤは咄嗟に力を抜き、身を引こうとする。

遼は、この隙を見逃がさなかった。相手が身を引いたので、相手の引く力を利用して一気に押し返した。その瞬間、相手が僅かに崩れたので、剣を横に凪ぐが、剣が切ったのは宙で、相手は遥か後ろに跳躍して距離をとる。

 

「やるな、人間」

ヴァンパイヤは、剣を持った右手を、自分の胸の前に持ってくる。そこの部分の服が、遼の剣によって、真横に切り裂かれていたのだ。

「へっ、それはどうも」

遼は相手の賛辞を素直に受け取り、鼻で笑い口元に不適な笑みを浮かべる。

「いいだろう、君を人間である前に、一人の剣士として認めよう、そして、私も一人の剣士として答えよう」

「そらどうもご丁寧に」

遼は、相手に答えると、間合いを詰める機会を探るが、

「待て」

相手は、剣の柄を握った手の四指を開き遼に向け、待つように意思表示する。

 

「君を一人の剣士として認めた以上、私が名を名乗らないのは、剣士として礼を失っする。よって、名乗らせていただこう、我が名は、キルツ、キルツ・ヴァン・シュタインだ。人間の剣士、秋山遼と言ったか?」

「ああ」

「貴殿が私を仇と言った以上、私はそれに答えねばなるまい、答えよう、来るがいい、人間の剣士秋山遼よ」

相手は、遼に向って、先程のような見下した態度では無く、競技相手に対する騎士のような、礼節に乗っ取った挨拶をし、遼に右手に持った剣を向ける。そして、その眼差しには、遼に対しての、敬意が感じられた

「俺はヴァンパイヤハンターだが、一応、剣を使うもんなんで、剣士って事になるのかな?まあいい、行くぞキルツ」

遼も相手に剣を向けると、敬う様な視線を向け、相手に疾駆する。

 

遼は、両手で握った剣を腰の脇に持って行き、剣を地面に対し水平にし、刃先を斜め上に向けると、キルツ目掛け疾駆する。

キルツも、両手に握った剣を、手と共に斜め後ろに延ばし、体を倒れそうなまでの前傾姿勢にすると、遼目掛け疾駆する。

 

お互いの脚力を限界まで使い疾駆する。遼とキルツ

 

遼は、自分の剣の長所である。間合いの広さを使い、相手が自分の剣の間合いに入った瞬間に、体全体の力を利用して剣を真横に振りぬくが、相手はそれを、跳躍して避わす。そして、空中で前宙してから、再び遼の両肩目掛け、剣を振り下ろすが、遼はそれを先程同様に、剣で受け止める愚行は犯さず、相手の落下地点から、すぐに後ろに跳び退り離れた。二本の剣は大理石で作られた床に鍔元まで、突き刺さる。遼は、その隙を逃さず、キルツの頭に自分の剣を振り下ろす。キルツは、床に突き刺さった剣を難なくスッっと抜き放つと、頭上に下りてきた遼の剣を、自分の剣を十字にして受け止めた。

 

「やるな、秋山遼」

「いちいち、フルネームで呼ぶんじゃねえ」

遼は、キルツに答えると同時に、キルツの腹部に蹴りを放つ、蹴りはキルツの腹部に当たりはしたが、蹴りが放たれると同時に、先程同様にキルツは、後ろに跳躍していた為に浅かった。

「面白い、僅かな時間だが、これ程、充実した戦いは久しぶりだ。私も、それそろ、本気を出すとしよう、行くぞ」

キルツは、楽しそうに言い放つと同時に、姿を消していた。

 

ガキン

遼は、咄嗟に、自分の顔の右前方に剣を真横に突き出し受け止めた。その行動は、第六勘に近い物があり、相手の動きが眼で追えないと、瞬時に悟った瞬間、本能で神経を耳に集中し、空気を切り裂く僅かな音に、即座に反応し、首の右側の頚動脈に迫ったキルツの剣を受け止めた。

「ほう、この一撃も避わすとは、やるな、面白い面白いぞ、秋山遼」

言うや否や、今度は、キルツの両手の剣が姿を消した。

その手は、肩から先が、あまりのスピードの速さに視界から消失し、遼に迫った。

 

キン、キン、ガキン、ガキン

 

無数の金属音が、フロアに木霊する。

 

遼は、キルツの神業的な剣捌きに翻弄され、防戦一方だった。キルツの剣技は、他の剣を使うヴァンパイヤと比べても、頭一つ飛び抜けていた。実に洗練され、左右の剣が別の意思を持つかのように変幻自在に動くが、無駄なく遼の急所を狙ってくる。実戦の剣だった。だが、遼は、なんとか深手を負うことだけは避けているが、膝やコメカミ、前腕や手首の周りに、無数の小さな切り傷が増えて行く、

「くそぉ」

遼は、なんとか見つける事のできたキルツの隙を突き、剣を横に凪ぐが、キルツは、またも、大きく跳躍して距離を取り、遼の剣は、空を切る。

「ほう、あの状態から、反撃してくるとは、だが、次で終りだ」

遼の体には、無数の傷が点在していた。その一つ一つは、大した怪我では無いのだが、如何せん数が多すぎた。血を流しすぎた遼の体は体温が戦闘前と比べ落ちているのが、手足の冷たい感覚から、窺う事が出来た。

 

「さあ、秋山遼、次で終わりとしよう、勝負とは、一瞬の中にこそ、美しさがある物、次の一撃で終幕としよう」

「一撃勝負か、上等、やってやるよ」

遼は、キルツと数合打ち合い、分った事があった。明らかに相手のヴァンパイヤ、キルツの方が、自分より、実力が上だと言う事が、無数に刻まれた体の傷から窺い知る事が出来た。

 

「では、こうしよう」

キルツが二本の指に挟んで取り出したのは、一枚の白い紙の様な物、

「これが、床に着くと同時に、秋山遼・・・お前の持つ最高の技を見せてみろ、私も私の持つ、最高の技を持って答えてやろう」

「その勝負・・のった」

遼としては、願ってもいない事だった。このまま戦っていれば、キルツに負けるのが眼に見えていた。だが、この一撃の勝負だったら、自分にも僅かながらに勝機がある。

「では、行くぞ」

キルツは、そう言うと、白い紙を宙に放った。

 

宙に舞った白い紙は、木の葉の如く中をゆらゆらと舞い、いつ地面につくか分らなかったが、遼は、体全身の筋肉を緩ませ、すぐに疾駆できるような状態にした。体と精神が緊張し強張るが、それでも、遼は引く訳には行かなかった。最後の力を爆発させる為に、剣を両手で握り、地面に対し平行にして、顔の前に持ってくる。この時、遼は剣の腹に移った。自分の顔を視線だけ動かし見た。銀で出来た剣は、遼の力により、白い光に包まれているが、くっきりと遼の顔を鏡のように写した。そして、自分の顔の後ろに、一瞬だけ、治の顔が写ったような気がした。

 

そして、遼が前方のキルツが、投げた白い紙に視線を戻すと、紙は、もう床につく寸前だった。そして、紙の端が床に着いた。

 

その瞬間、遼は銀色の流星となり、キルツに疾駆した。キルツも疾駆し、遼に迫った。

 

後書き・ごめんなさい、終わりませんでした。次で終わります。必ず、絶対です。まあ、このお話にも、終章がありますが、次で終ります。それで、ヴァンパイヤ・ブラッドの方の連載を始めるかも・・・しれません・・・・

では、いつも通り、逃げます。ダッシュ