星の光と星の闇・2
あれから数日経ったが、謎の仮面の男からの接触は無い、家でいつも通りの夕飯を終えると、一人部屋で宿題を終わらせ、夜も遅く小学生が寝に着く時間帯になった頃に、デジヴァイスから急を知らせる音が発せられた。
「どうした?オファニモン、もしかして、またか?」
「はい、また現れたようです。ここの所、堕天(だてん)して、魔に染まってしまう物の数が以上です。こちらでも原因の解明に当ったっていますが、未だ原因は不明です。とりあえず、輝二君、今日もお願いします。」
「ちっ、分った。すぐ行く」
輝二は、短くそう答えると、デジヴァイスをズボンのポケットから取り出すと、手から光のデジコードを発し、
「スピリット・エボリューション」
輝二が声を上げ、手のデジコードをデジヴァイスで読み取ると、輝二の体は光に包まれ、そこには数日前オーガモンと戦った時と同じ格好をした輝二が現れていた。部屋にある全身鏡に写る自分を見て、最初の頃は輝二も、この格好に不満ばかりが出てきたが、もう嘆いてもしょうがないと諦め、部屋の窓を開けると、そこから宙に飛び出した。
そもそも、デジモンとは、この世界で言う、精霊の様な物で、この世界とは位相がずれた別世界に住んでいるのだが、この世界は限りなく近い位相にある為、デジモン達はこの世界に度々現れてしまうのである。だが、現れたデジモンは大抵の場合、向こうの世界の守護の役割を担う者達に連れ戻されるのだが、デジモンも人間と同じで善なる存在、無害な存在、悪なる存在があり、ここの所、あちらの世界での善なる存在や無害な存在が悪に染まってしまうという事例が度々起こっており、この二つの存在が悪に染まる事を堕天と言うのだ。
そして、輝二は、その堕天してしまったデジモンが、人間の住む世界に現れ、悪事を働くのを防ぎ、堕天してしまった者達をオファニモンから与えられた光の力にて浄化するのが、オファニモンから与えられた役割なのだ。
住宅地の家々の屋根の上を飛翔する影が闇に浮かび上がる。輝二が今日も月明かりの下で、堕天したデジモン達の浄化しに行く為に、屋根から屋根へと飛び移って行く、デジヴァイスの反応を頼りに、反応があった地点を目指す。
反応があったと思われる場所は、前回とは違い、住宅街の中にある一際大きな西洋作りの屋敷だったが、デジモンが暴れたのだろうか、所々が壊れていた。輝二は屋敷の向かい側にある一般庶民が住むであろう、普通の家の屋根の上に跪くと、向かい側の屋敷の様子を伺う、明かりの点いた窓から、中にいる中年の男性が何やら受話器を取り、慌ただしく電話しているのが伺えた。おそらく、この家の主人が警察にでも電話をしているのだろう、輝二が辺りを見渡してもデジモンの姿は見当たらない、デジヴァイスの反応を見ると、画面中央に移る自分の位置から、少し離れているのを見て不審に思いながらも、今はあのデジモンを浄化する事が先だと思い、輝二は家の屋根から屋根へと飛び移り、デジモンを追跡する。
目の前に表れたのは、広大な敷地面積を持つ、沢山の木々が生い茂った公園、デジモンの反応はこの公園の中からだった。まるで誰かがここにデジモンを誘い込んだかの様で不審に思ったが、目の前のデジモンを浄化する事を第一と考え、公園の中に入って行く、出来る限り人目につかない様に、輝二は公園の木々の枝から枝へと飛び移っていたが、砂場や様々な遊具が置いてある公園のひらけた広場で、巨大なデジモンの姿を確認すると、輝二は木の枝から広場へと飛び降りた。
輝二に対し背を向ける様に蹲っていたデジモンだが、輝二は音も無く着地したにも関らず、背中をピクリとさせると、輝二の方に振り返った。そのデジモンは、今まで相手をしてきたデジモン達よりも、巨大な体を持ったデジモン、オオクワモンだった。完全体の相手は今まで一度もした事は無かったが、目の前のデジモンから、反応が出ているのだから、やるしか無かった。
いつもの通り、両手を前に突き出し、光の剣を取り出すと、相手に切り掛かった。だが、今回の相手だけは、今までの様には行かなかった。輝二の体重を乗せた剣を、オオクワモンは左手のハサミで受け止めると、輝二を振り払うかの様に左手を一振り、すると、輝二は一瞬無重力の様な状態を味わったかと思うと、広場の端まで吹き飛ばされた。
輝二は広場の端に生えている太い木の幹に背中を叩きつけられ、なんとか止まる事が出来た。輝二がぶつかった瞬間、ぶつかった木が大きくしなり、輝二の肺から全ての空気が一瞬にして吐き出された。
「ぐあっ」
先日のオーガモンの時とは違い、空中で姿勢を立て直す事は出来なかった。オオクワモンのパワーがオーガモンとは桁違いに凄まじい物だったからだ。
「こっ、これが完全体の力かっ、くっ」
苦しい呼吸を整えながら、背中に回した手を目の前に戻して見ると、白い手袋に包まれた手に血は付いていないので、出血はしてないが、信じられない力で吹き飛ばされ、大木に叩きつけられた為か、全身が酷く痛かったが、輝二はなんとか立ち上がり、右手に剣を持ち、体を引きずるようにして、広場にいるオオクワモンの前にふらふらした頼りない足取りで歩み寄る。
それを見たオオクワモンは、輝二に向って左手のハサミを振り下ろしてくるが、輝二は何とか避わした。だが、オオクワモンの左手のハサミが地面に叩きつけられ生まれた衝撃は、地面で爆弾が爆発した様な物で、大きく地面を抉り取った。普段の輝二だったら、もっと大きく飛びのいて避わす事が出来たのだが、先ほどの攻撃のダメージが残る体を庇う為に、小さく飛びのいて回避した事が裏目に出た。オオクワモンのハサミが生み出した衝撃で、空中にあった体の自由が奪われ、突然、無重力空間に迷い込んだ錯覚を感じた。次の瞬間、腹部に丸太で殴られた様な衝撃を受けて、後方に吹き飛ばされるが、地面に左手を付き立て、前のめりに倒れこみそうな姿勢のまま、輝二の左手の指の跡が地面に10メートル程の長さの線を引いた所でようやく止まる。
なんとか後方に吹き飛ばされるのは防いだが、腹部に受けたダメージにより
「くっ・・・」
輝二は片膝を地面に付け、左手を腹部に持って行き、顔を歪める。あの瞬間、オオクワモンの左のハサミを、後方に飛びのいて避わそうとした輝二の腹部を襲った衝撃の正体は、オオクワモンの右手のハサミだった。
「くっ・・・なっ、なんの・・・こ、れしき」
ふらふらとなりながらも、輝二は剣を地面に突き立て立ち上がる。ふらつき倒れそうになるが、なんとか踏み止まり必死で立つ上がった輝二に、オオクワモンの右のハサミが襲い掛かる。輝二は右手で剣を引き摺りそうになりながらも、左手は腹部を押さえ、先程の攻撃のダメージが残っている為、顔を歪めているが、なんとかハサミを今度は大きく飛びのいて避わしたが、オオクワモンは更に左のハサミを先程とは比べ物にならないスピードで繰り出し、輝二に追撃を仕掛ける。最初のハサミは大きく避わし問題無かったが、二回目のハサミの攻撃は直撃こそ避けられたが、ハサミが今までに無い力で地面を叩いた衝撃は、爆弾が至近距離で爆発したような物で、紙一重で避わした程度で無効化できる物では無く、衝撃で巻き上げられた広場の土や小石が輝二に襲い掛かった。
「うあああああっーーー」
輝二の体は宙に吹き飛ばされ、輝二の悲鳴が公園に響き渡る。輝二の体は宙高く舞い上げられ、ダメージを受けたこの体では受身を取る事も、空中で姿勢を整える事も出来ないので、地面に叩きつけられる事を輝二も覚悟したが、不意に空中で何かに優しく抱きとめられた感覚がした。そして、ふわりと地面に着地する。
何があったのか理解出来ず、ゆっくりと目を開けると、声が掛けられた。
「だいじょうぶかい?」
数日前に自分の前に現れた白い仮面に黒いタキシード姿の男が自分を抱きとめていた。
「もっと、女の子らしく、か弱くしてないとね」
そう言って口元に微笑を浮かべる相手に輝二は唖然となるが、言われた事が頭の中を反芻する内に
「おっ!俺は男だっ!!」
「えっ?」
そう言って仮面の男は輝二のセーラー服の胸元に視線をやると、
「どっ、どこ見てんだよっ!」
男なのだが、羞恥の為か、輝二は慌てて胸元を両手で隠す。
「あ、ごめんごめん、そんな格好してから、うっかり間違えちゃったよ、どうやら本当に男の子の様だね・・・それより、自分で立てる?」
「えっ?・・・あっ・ああ」
「それじゃあ、ちょっと待っててね」
仮面の男はそう言って輝二を優しく降ろすと、オオクワモンと対峙した。
自分の手の平からデジコードを出すと、輝二のとは色の違った黒を基調としたデジヴァイスでデジコードを読み取る。すると、男の両手がドス黒い炎に包まれたかと思うと、炎が形を成していき、二本の赤い刀身の剣が仮面の男の両手に握られていた。
「すぐ済むから」
仮面の男は、顔だけ輝二の方に振り返り言う仮面の男の声には、余裕が有り余っていた。
仮面の男はオオクワモンに向き直っると、オオクワモンが巨大なハサミを繰り出して来たが、仮面の男は目にも止まらぬスピードで、ハサミの下を掻い潜り、ただ剣を縦に一振りした。たったそれだけの事で、オオクワモンの体が真っ二つになっていた。普通じゃ考えられない速さで剣を振り、そこから生じた真空刃がオオクワモンを両断した。輝二には仮面の男がやった芸当を理解する事は出来たが、自分には絶対に出来ないと思い、仮面の男との実力の差を実感した。