星の光と星の闇・6
光の闘士が自分の双子の弟の輝二だと、輝一が知ってから数日後・・・
「さすが、木村君ね、良く出来ました」
先生に授業中に黒板に書いてある問題を解くように言われ、黒板で問題を見事に解いて見せた輝一に、先生が褒める。普通の小学校で普通に行われている光景・・・だが、褒められて自分で自分の後頭部を撫でて笑っている少年の瞳はどこか寂しげだった。
「さすがだね、木村君」
「そんな事無いよ」
隣の席の女子が話しかけてくるが、それに適当な相槌を打って答える少年の雰囲気は小学生には不釣合いな落ち着きがあった。
「それじゃあ、またね」
「うん、それじゃあ」
放課後になり、クラスの友達から帰りの挨拶に答えると、輝一も、既に教科書を詰め終えたランドセルを背負うと、教室を後にした。今日は確か母さんが早く帰ってきてる日だったと思い、手伝いをしなくてはと思い、家路を急いだ。
「ただいま」
アパートの戸を開けると、母が居間のテーブルの傍に座っているが眼に入った。こちらに背を向けているので、どんな表情をしているか分らないが、背中を丸めて正座しているので酷く疲れているように見えた。
「ふぅ〜・・・あっ!おかえり」
母が酷く疲れた溜め息を吐いたと思ったが、すぐに輝二に気付くと、振り返り普段と変わらぬ表情を浮かべる。
「今、夕飯の支度するわね」
すぐに立ち上がると、台所へに向い、冷蔵庫を開け、夕飯を作り出す母
「母・・・さん」
そんな母を見て、輝一は誰に聞こえるとも無しに呟いた。
そして、夜も更け、自分の部屋で横になった時に机の上のデジバイスの画面が光りを発すると女の声が聞こえてきた。
「闇の闘士・・・木村輝一君・・聞こえますか」
学校にいる時はランドセルの奥に入れておくのだが、自分の部屋にいる時は机の上に置く事にしている。オファニモンからの通信は、いつも突然で、しかも、デジバイスは受信専用になっているので、こちらからは通信が出来なくなっている。
「ああ、聞こえる」
デジバイスを手に取り答えると、
「また、堕天したデジモンが人間の世界に紛れ込んでしまいました。すぐに向って下さい・・・今度は二体も・・人間の世界に転送されてしまいました。片方にはもう光の闘士が向かいました。もう片方はあなたが受け持って下さい」
「分った」
短く答えると、輝一の体が闇の霧に包まれたかと思うと、すぐに霧は晴れ、輝一の格好は黒いタキシードに包まれ、目元は白い仮面で覆われた闇の闘士の格好に変身していた。時計をちらっと見て、母親がもう寝ている時間帯なのを確認すると、輝一は念のため部屋に内側から鍵を掛け、自室の窓から飛び出した。
その日、相手にしたデジモンは妙だった。輝一の向った先にいたのは、ゴーレモン一体、成熟期のデジモンなので、輝一の敵では無く、あっさりと倒し、浄化を完了させると、光の闘士の反応をデジバイスの画面を見てみる。そこには二つの色の違う点が映し出されているが、堕天したデジモンだった光点は、すぐに無くなり、画面に映る点は光の闘士、輝二の点だけになる。
(妙だな・・・)
考えはするが、今は光の闘士に・・輝二に会いたくないので、今日はそのまま家に帰る事にした。
次の日は土曜日で学校は休みだった。輝一は、どうしても輝二の事が気に掛かり、電車を乗り継いで輝二に会いに行ってみた。
(確かここら辺だったな)
住宅街に建つ家々をキョロキョロと見比べながら、目的の表札の掛かった家を見つけ、改めて家を見上げてみる。自分の家とは違い一軒家で、ここらに建つ他の家よりもかなり大き目の家だった。この家に住む自分の双子の弟、瞳を閉じ家の中の気配を探ってみると、中から自分の流し込んだ闇のエナジーが感じられる。
(間違いない、光の闘士・・・あいつが俺の双子の弟・・・そして、光の闘士・・・)
輝一は、いつの間にか拳を硬く握り締めている事に気付かず、ただ、家を見て複雑な思いを抱いていると、不意に玄関の扉が開き、輝二が大きめの犬を連れて門の外まで出て来た。どうやら散歩にでも出掛けるようだった。輝一は電信柱の影に身を隠し様子を伺うと、
「うわっ・・ととと・・・」
輝二がシェパード犬に引っ張られ転んでしまった。咄嗟に電信柱の影から出ようとしたが、輝一よりも早く
「だいじょうぶ!?」
優しそうな女性が、門の中から出て来て輝二の傍に歩み寄る。
「あっ・・いや・・・」
輝二が決まり悪そうにしていると
「だいじょうぶだよな?輝二」
門の奥から、一人の男性が出て来た。
「えっ・・あっ・・うん」
輝二は父と思われる男性に頷くと、立ち上がり、三人でどこかへ出掛けるのか歩き出した。
輝一はその三人の背を電信柱の影から見ていたが、すぐに三人とは反対の方に歩き出し、家に戻った。自然とその手はきつく握られ拳の形となっていた。
「ありがとう」
輝一が家に帰ると、すでに母親は帰宅しており、母親が背中が凝ると言って辛そうにしていたので、母親の背中に冷蔵庫から取り出したシップを張ると、母親は服を着込み、顔だけ振り返りお礼を言う
「今日は遅くまでどこ行ってたの?」
「そっ、それは・・・ねえ、それより、もっと楽な仕事無いの?」
普段なら輝一が家にいる時間に仕事を終えて家に帰ってみると、輝一がいなかったのを僅かに不審に思ったらしい母親に訪ねられるが、当然、輝二に会いに行ったなど言える訳が無く、上手く論点をずらすと
「仕事はね、楽かキツイじゃないのよ、一人が休むと、みんなが迷惑するの・・・それじゃあ、夕飯の支度しちゃうわね」
立ち上がり台所に向う母親のシップを張った疲れた背中を見て
「母さん」
輝一は、子供ながらに何とも言えなくなり、小声で呟くが、母親には聞こえるはずも無く、その日は、夕飯を食べると、オファニモンからの連絡も無い様なので、複雑な気持ちを抱きながらも、いつの間にか寝に付いていた。
翌日も輝一は輝二の後を付けた。輝二は何をやるでも無しに、いつもの様に愛想の無い顔をして、町をただ歩いていた。そんな輝二を通路の影から輝一は、見つからない様に付け、その日は母親が帰ってくる前に帰る事にしていたので時間を考え、夕方の早い時間に帰路に付いた。
「ふぅ〜」
家の扉を開けると、そこには母がいた。普段より早く帰ってきていたらしいのだが、何やら背中には濃厚に疲れた空気を漂わせていた。
「あっ、おかえりなさい、今、夕飯の支度しちゃうわね」
母親が、いつも自分の前では明るいのを輝一は知っていた。だが、不意に見せる疲れたという態度に、輝一は力になれない自分を歯がゆく思い、ただ自分の無力を呪った。
その日の夜、オファニモンから連絡が入り、堕天したデジモンを浄化する為に、輝一は変身をすると、デジモンが現れたポイントへと向った。その日いたのは、成熟期のデジモン、スナイモンだった。当然、輝一の敵ではなく数秒で倒すと、浄化を完了させる。今回も先日と同様、二つのエリアに同時に現れたらしいので、輝一と輝二は別れざるを得なかった。オファニモンはそろそろ光と闇をまた交わらせる必要があると言ってはいたが、輝一としては、今の気持ちの整理が付かない状態で輝二に会いたくは無く、浄化を完了させたので家路に付く、家の屋根から屋根へと飛び移り輝一は家を目指す。もう母親は寝ているとは言え、黙って出て来た事への負い目から家路を急ぐ、輝一がある家の屋根に着地した。その時、輝一が着地した屋根の上に、黒い大きな穴が出現した。
その穴は物理的な穴では無く、異空間へと続いているかの様な穴だった。輝一は穴へ吸い込まれるかの様に落ちてしまった。普段の輝一なら、こんな穴に落ちたりはしないのだが
(しまった!・・・)
どこかでそう考えるが、確かに今の自分は普段に比べ隙が多かった様な気がする。輝二の事、母さんの事と、突然に色々な事が起こりすぎたのが、原因だった。
目を覚まし立ち上がると、そこは一条の光も差さない、完全な闇が支配する空間だった。
「クックックッ」
異様に低い声が、闇から囁かれる。その声は闇がそのまま語りかけてくるかの様な物だった。
「誰だっ!」
普段なら冷静に対処する事も出来るのだが、今の輝一は色々な事が起こり過ぎて冷静さを失っていた。
「闇が見える・・・お前の心に闇が見える・・・」
「何っ!」
輝一は心が見透かされている様な錯覚を覚え、声の主に対し苛立ちを覚える。
「今、お前の心の中には・・・嫉み、憎しみ、・・・その二つが溢れている。表面に出ないように押さえ込んでいる様だが・・分る・・・お前の中にある。・この者への憎しみが・・・クックックッ」
言い終わると同時に輝一の前の暗闇に、表情の無いマネキンの人形の様な目をした。等身大の光の闘士姿の輝二が浮かび上がる。
「・・・ちっ、違う!・・そんな物は無いっ!」
声を荒げ言い放つが、心の底から言い放てない自分がどこかにいるのを輝一は気付かない
「嘘を付いても無駄だ・・・お前の心は憎しみに満ちている・・・・」
闇の中から、更に暗い霧が自分の体の周りに纏わり付いてくる。
「うあっ・・うあああああっ」
輝一は、纏わり付いてくる霧を振り払おうともがくが、霧はドンドン輝一の体に纏わりつき、やがては輝一を完全に覆い隠す。
等身大の輝二は無表情な目で、それを見つめていた。
「うああああああああっ」
輝一の事を暗い闇の霧が包み球体となる。その中で輝一は頭を両手で抱え絶叫する。
「お前を縛る物・・・全てを解き放ってやろう・・・」
闇が球体の中の輝一に囁きかけると、輝一の入った球体が中から真っ二つに切られた。それと同時に球体の前にいた等身大の輝二を真っ二つに切り裂き消滅した。中から出てきたのは、顔の全体を覆う目元に細い切れ込みの入っただけの漆黒の仮面を付け、普段の黒いマントにタキシードでは無く、黒い甲冑に血の様に赤いマントに身を包んだ輝一だった。否、それはもう輝一では無かった。
「光の闘士・・・コロス」